現代のビジネス環境は、VUCAの時代とも呼ばれ、日々進化し続けています。その中で、企業は常に変化に適応し、イノベーションを推進するためには、従業員のスキルアップが不可欠です。しかし、多くの企業が直面しているのは、従業員の能力開発に関する効果的な研修プログラムの欠如です。従業員の潜在能力を引き出し、組織全体の成長につなげるためには、どのような教育方法が最適なのでしょうか?この記事では、人材育成の効果を最大化するための教育設計手法である「インストラクショナルデザイン」に焦点を当て、その概念、メリット、そしてDX人材・市民開発者育成への応用方法について解説します。インストラクショナルデザインとはインストラクショナルデザインの概要インストラクショナルデザイン、または「ID」とも呼ばれるこの手法は、学習者に対して効果的で魅力的、かつ効率的な教育を提供するために、体系的な理論やモデルを用いた教育設計のアプローチです。一般的に「設計」と聞くと、建築物や機械、システムの創造を思い浮かべるかもしれませんが、インストラクショナルデザインは教育そのものをシステムとして捉え、その流れを設計します。これにより、教育プログラム全体の計画立案、研修や教材の構築、学習者の動機づけなど、効果的な教育実施のための体系的な理論やモデルが開発されています。このアプローチは、教育の質を高め、学習者にとって最適な学習経験を提供することを目指しています。インストラクショナルデザインの歴史インストラクショナルデザインの起源は、第二次世界大戦中の米軍にさかのぼります。緊急に多くの兵士を訓練し、戦闘技術を習得させる必要があった米軍は、効率的な訓練方法を開発しました。この訓練方法は、後に子供の発達心理学などの分野にも応用され、教育のあらゆるシーンで利用されるようになりました。日本では、インストラクショナルデザインという概念が広く知られるようになったのは2000年代に入ってからです。従来の日本企業における教育アプローチは、教育担当者や講師の経験に依存していましたが、社会の変化により、より体系的な教育手法が必要とされるようになりました。インストラクショナルデザインが注目される背景インストラクショナルデザインが企業研修において重要視されるようになった背景には、主に以下の二つの大きな変化があります。eラーニングの普及2000年代初頭から日本で普及し始めたeラーニングは、従来の学習スタイルを一新しました。パソコンやスマートフォンを通じた学習は、講師が直接学習者の反応を見て理解度を判断することが難しくなり、従来の「勘・経験・度胸(KKD)」に依存した教育手法に代わる新しいアプローチが求められました。インストラクショナルデザインは、そのような環境下で、科学的根拠に基づく効果的な学習方法として注目を集めるようになりました。また、2020年以降のコロナ禍で加速したテレワークとオンライン教育の必要性は、インストラクショナルデザインの重要性をさらに高めています。知識教育から行動変容へのシフト情報が容易に手に入る現代社会では、知識の暗記だけでなく、その知識を活用し行動に移す能力が重要視されています。インストラクショナルデザインでは、学習目標を明確に設定し、行動動詞を用いて具体的な目標を立てることが推奨されます。これにより、職場で実際に必要とされる行動に焦点を当てた教育が可能となり、知識から行動変容へと学習の目的が変化している現代において、インストラクショナルデザインのアプローチがますます求められています。目標設定から効果測定までを一貫して設計できるこの手法は、効率的かつ効果的な人材育成を実現するための鍵となっています。[参考リンク-人材育成の効果を最大化するためのペタゴジーとは!?具体例も交えながらわかりやすく解説します!]インストラクショナルデザインのメリット目的をもった教育ができるインストラクショナルデザインを用いることで、教育の目的と成果を明確に定義し、それに基づいたカリキュラムを設計することができます。特に、「〜ができるようになる」を目指した研修設計をすることで、ただ知識をインプットして終わりでなく、行動変容に導くことができます。受講者のモチベーションを高めることができるインストラクショナルデザインにおいては、動機付け理論が重要な役割を果たします。この理論は、「自信」や「満足感」といった感情を通じて、学習者が自ら学習に積極的に取り組むような設計を目指します。このアプローチにより、学習者の内発的なモチベーションを維持し、自主学習を促進することが可能になります。体系立てた教育を設計できるインストラクショナルデザインは、ADDIEモデルやTOTEモデルなど、整理された教育の構築方法によって実践されます。これらのモデルを用いることで、教材の作成者や講師の個々の能力に依存することなく、学習者の理解度に一貫性をもたらし、教育の質を均一に保つことが可能になります。このような体系的なアプローチは、教育プログラムの設計において、効果的な学習経験を提供するための基盤となります。インストラクショナルデザインで使われるモデルADDIEモデルADDIEモデルは、教育計画や教材の作成において、Analysis(分析)、Design(設計)、Development(開発)、Implementation(実施)、Evaluation(評価)という5つの段階を踏むプロセスモデルです。このモデルでは、まず教育のニーズを詳細に分析し、その結果に基づいて学習プログラムの設計を行います。設計が完了すると、そのプランに沿ってeラーニング教材などの開発に移ります。開発された教材を用いて研修を実施した後、受講者の習熟度を測定し、設定された学習目標の達成度を評価します。目標が達成されなかった場合は、問題点を特定し、学習プログラムの改善を図ります。この継続的な改善プロセスにより、教育の質を高めることができます。[参考リンク-人材育成を効果的に行うために必要なADDIEモデルとは!?インストラクショナルデザインとの関連や抑えるべきポイントまで徹底解説します!]TOTEモデルTOTEモデルは、教育や訓練の進行中に目標達成の度合いを定期的に評価するプロセスモデルです。このモデルでは、まず設定された目標が達成されているかどうかをテスト(TEST)します。もし目標が達成されていれば、その時点でプロセスから抜け出します(Exit)。目標が達成されていない場合は、目標達成に向けて作業(Operation)を行い、再び目標達成の度合いをテスト(TEST)することを繰り返します。この反復的なプロセスにより、教育や訓練の目標に効率的に近づくことができます。ARCSモデルARCSモデルは、学習者のモチベーションを維持し向上させることを目的とした教育モデルで、その名はAttention(関心)、Relevance(関連性)、Confidence(自信)、Satisfaction(満足)の各要素の頭文字から取られています。このモデルは以下の4つの要素から成り立っています。Attention(関心): 学習者の興味や知的好奇心を刺激し、探求心を喚起します。Relevance(関連性): 学習内容を学習者の経験や目標と結びつけ、学習への親しみや意義を感じさせます。Confidence(自信): 学習過程での成功体験を通じて自信を育み、自己効力感を高めます。Satisfaction(満足): 学習者が学習過程での努力や獲得したスキルの有効性を実感し、満足感を得ることで、新たな学習意欲を引き出します。ARCSモデルは、これらの要素を通じて、学習者が自主的に学び続けるための内発的な動機付けを促進することを目指しています。[参考リンク-学習意欲を向上させるARCSモデルとは!?DX人材育成や研修での使い方や具体例まで徹底解説!]ID第一原理教育設計・技術の専門家であるM・デイヴィッド・メリル氏によって提唱された「ID第一原理」は、効果的な学習環境を構築するための5つの基本要件を提唱しています。これらは、優れた教育プログラムが持つべき「5つ星インストラクションの要件」としても知られており、以下のように概説されます。問題(Problem): 学習者が現実世界で直面しうる問題に取り組むことで、学習の意義を実感させます。活性化(Activation): 学習者が既に持っている知識を活用し、新しい学習内容との関連付けを促します。デモンストレーション(Demonstration): 単に情報を伝えるのではなく、具体的な例を示すことで、新しい知識の理解を深めます。応用(Application): 学習者に新しい知識を実際に応用する機会を提供し、学習内容の実用性を体験させます。統合(Integration): 学習した内容を実生活や職場で活用し、その経験を振り返ることで、学習の定着を図ります。これらの原理は、学習者が積極的に学習に参加し、知識を深く理解し、実践に活かすための指針となります。ガニエの9教授事象ガニェの9教授事象は、学習心理学者ロバート・M・ガニェが提唱した、効果的な学習と指導のためのモデルです。このモデルは、学習者が新しい知識やスキルを習得する際に、教育者が行うべき9つのステップを示しています。具体的には以下の通りです:学習者の注意を喚起する:興味を引く資料や問題を提示して、学習者の関心を集めます。学習目標を知らせる:学習者が何を学ぶのか、どのような能力を身につけるのかを明確にします。前提条件を確認する:学習者が既に知っている情報を思い出させ、新しい学習内容と関連付けます。新しい事項を提示する:具体的な事例やデモンストレーションを用いて、新しい知識を提示します。学習の指針を与える:学習者が理解を深めるための手順や戦略を示します。練習の機会を設ける:学習者が新しい知識を使ってみる機会を作ります。フィードバックをする:学習者のパフォーマンスに対して、正確で具体的なフィードバックを与えます。学習成果を評価する:学習者が学習目標を達成したかどうかを評価します。学習の保持と転移を促す:学習者が新しい知識やスキルを日常生活や職場で使えるように促します。このモデルは、学習者が知識を深く理解し、実践に活かすための指針となります。[参考リンク-学習効果を最大化するガニエの9教授事象とは!?メリットからDX人材育成への活用ポイントまで徹底解説!]インストラクショナルデザインとDX人材育成DX人材育成にインストラクショナルデザインを取り入れるべき理由DXにおける人材育成では、最終的に行動変容をしてもらうことが重要なため、インストラクショナルデザインを仕組みとして取り入れることが効果的です。インストラクショナルデザインでは、知識をインプットすることではなく、「〜ができるようになる」ことを目指して教育を設計します。DXであれば、「DXに関する企画を作ることができる」「小規模なプロジェクトのマネジメントができる」などDXで求められる行動を目標としてインストラクショナルデザインを活用することができるでしょう。このようなDXに必要なスキルは経済産業省が定めたデジタルスキル標準を参考にすると設計しやすいでしょう。[参考リンク-IPAの提唱するデジタルスキル標準とは!?概要からITパスポートとの違いまで徹底解説します!]市民開発文化の醸成にもインストラクショナルデザインを活用できるインストラクショナルデザインは、市民開発の文化醸成にも貢献します。文化を醸成するときに必要なのは、動機づけです。この動機づけを行うための手法がインストラクショナルデザインには多く取り入れられています。そのため、インストラクショナルデザインを活用した動機づけは、研修自体はもちろん、市民開発に対しても効果が現れます。研修を通して市民開発に対してマインドレディになることで、文化醸成を進めることができるのです。また、市民開発の文化を作る上で重要なのは、市民開発を従業員に体験してもらうことです。従業員の体験として研修全体を構築する考えとして、ラーニングエクスペリエンスデザインという考え方があるので、インストラクショナルデザインと一緒に取り入れると良いでしょう。[参考リンク-ラーニングエクスペリエンスデザインとは!?研修効果を最大化するための理論をDXの人材育成への活用も併せて解説!]DXや市民開発におけるインストラクショナルデザインにはPBLをDXや市民開発におけるインストラクショナルデザインにはプロジェクトベースドラーニングを取り入れることがおすすめです。プロジェクトベースドラーニングは、実際のプロジェクトを推進していく中で学習をする方法であり、学習と同時にDXや市民開発の成果を創出することのできる取り組みでもあります。DXや市民開発においては、この成功体験を生み出すことが非常に重要なため、講師がファシリテートできる学習の段階で、一度成功体験を積めるように、プロジェクトベースドラーニングを取り入れることがおすすめなのです。[参考リンク-プロジェクトベースドラーニングとは!?DX人材育成やその研修に必要な概念を理解しよう!]まとめこの記事ではインストラクショナルデザインについて解説しました。インストラクショナルデザインは、教育の質を向上させ、学習者の能力開発を効果的に支援する強力なツールです。DX時代における人材育成においても、その体系的なアプローチは、企業や組織が直面する課題を解決し、持続可能な成長を達成するための鍵となります。この記事を通じて、インストラクショナルデザインの理解を深め、実践に活かしていただければ幸いです。あなたのDX推進に幸あれ!