DXや市民開発に関わる中で、DX推進スキル標準という言葉を聞くことが増えてきたのではないでしょうか。この記事では、経済産業省が提唱する「DX推進スキル標準」と、それに基づく5つの人材類型について解説します。また、市民開発やノーコードといった新しい開発手法とDXスキルの関連性についても掘り下げていきますので、ぜひ最後までお読みください。DX推進スキル標準とはDX推進スキル標準の概要DX推進スキル標準は、経済産業省によって策定されたDXを牽引する人材に必要な知識とスキルを明確化し、それらの育成を目的としたガイドラインです。リスキリングの促進、実践的な学習の機会の提供、そしてスキルの可視化を通じて、DX推進に必要な人材を育成することを目指しています。この標準は、DXリテラシー標準に基づいた知識を土台としつつ、それをさらに発展させた専門的なスキルセットを、5つの人材類型と49項目のスキルで整理しています。DXリテラシー標準の周辺用語デジタルガバナンスコードデジタルガバナンスコードとは、デジタル化が進む「Society5.0」において、企業価値を高めるために実践すべき指針を示すものです。経済産業省によって2020年11月に策定され、2022年9月にはその内容が「デジタルガバナンス・コード2.0」として更新されました。このコードは、企業の規模や法人形態、個人事業主の有無に関わらず、すべての事業者に適用される考え方です。デジタルガバナンスコードは、基本的事項、望ましい方向性、具体的な取り組み例の3つの部分に分けられており、デジタルトランスフォーメーション(DX)と密接に関連しています。[参考リンク-デジタルガバナンスコードとは!?ガイドラインの概要から改訂された内容まで徹底解説!]デジタルスキル標準デジタルスキル標準は、DX(デジタルトランスフォーメーション)を推進する上で不可欠な知識やスキル・マインドセットなどを定義したものです。経済産業省によって2022年12月に策定されました。この標準は、DXリテラシー標準とDX推進スキル標準の二つの標準を内包しており、それぞれが異なる対象と目的を持っています。[参考リンク-IPAの提唱するデジタルスキル標準とは!?概要からITパスポートとの違いまで徹底解説します!]DXリテラシー標準DXリテラシー標準は、DX推進スキル標準と同様、デジタルスキル標準に内包される標準のひとつで、ビジネスパーソンがDXに参画し、その成果を仕事や生活で役立てるために必要なマインドセットやスキルを示した指針です。DX推進スキル標準は、このDXリテラシー標準のスキルを土台としており、その土台として必要なスキルを4つのカテゴリごとに23項目のスキルで整理しています。[参考リンク- 経済産業省が提唱するDXリテラシー標準とは!?策定された背景やITパスポートとの関係まで徹底解説!]DX推進スキル標準の49項目のスキルとは人材類型とロールについてDX推進スキル標準では、人材類型とロールという2つの概念でDX人材像が整理されています。人材類型とは、DXを推進するための人材として、ビジネスアーキテクト、データサイエンティスト、デザイナー、サイバーセキュリティ、ソフトウェアエンジニアの5つで整理しています。その5つの人材類型にそれぞれ複数のロール(役割)に分けて細分化したものがロールであり、全部で15つのロールで整理されています。ロールによって求められるスキルが異なる各ロールには、それぞれ異なるスキルセットが求められます。たとえば、ビジネスアーキテクトには新規事業開発、既存事業の高度化、社内業務の高度化・効率化といった3つのロールに分かれています。また、それぞれのロールごとに必要なスキルが49項目の共通スキル項目から必要度に応じて「a、b、c、d、z」で整理されています。カテゴリの定義と種類49項目の共通スキル項目は、5種類のカテゴリに大別されています。ビジネス変革ビジネス変革は、「戦略・マネジメント・システム」「ビジネスモデル・プロセス」「デザイン」の3つのサブカテゴリーから構成されるカテゴリーです。DXの目的である「ビジネス変革」の部分に焦点を当てたスキル群が整理されており、特にビジネスアーキテクトに求められるスキルが多く含まれるカテゴリーです。データ活用データ活用は「データ・AIの戦略的活用」「AI・データサイエンス」「データエンジニアリング」の3つのサブカテゴリーから構成されるカテゴリです。DXで活用されるデータやデータにまつわるAIや分析手法に関するスキル群が整理されており、特にデータサイエンティストに求められるスキルが多く含まれるカテゴリーです。テクノロジーテクノロジーは「ソフトウェア開発」「デジタルテクノロジー」の2つのサブカテゴリーから構成されるカテゴリーです。DXの中でもIT化やソフトウェア化をするための開発にまつわるスキル群が整理されており、特にソフトウェアエンジに求められるスキルが多く含まれるカテゴリーです。セキュリティセキュリティは「セキュリティマネジメント」「セキュリティ技術」の2つのサブカテゴリーから構成されるカテゴリーです。DXを進める上でのセキュリティの安全を確保するためのスキル群が整理されており、特にサイバーセキュリティに求められるスキルが多く含まれるカテゴリーです。パーソナルスキルパーソナルスキルは「ヒューマンスキル」「コンセプチュアルスキル」の2つのサブカテゴリーから構成されるカテゴリーです。5つの人材類型に対してすべからく必要なスキルと位置付けられており、DXを推進する人材にとって必要なパーソナルスキルが整理されています。[参考リンク-コンセプチュアルスキルとは!?ヒューマンスキルとの違いや、研修の方法についてわかりやすく解説します!]DX推進スキル標準の5つの人材類型とロールビジネスアーキテクトビジネスアーキテクトは、企業のビジネスモデルやプロセスを設計し、デジタル化を推進するための戦略や仕組み=アーキテクトを立案する役割を担います。特に求められるスキルとしては変革マネジメントであり、これはビジネスアーキテクトが仕組みを作るだけでなく、DXにおける変革を推進していく人材であることを示しています。また、ビジネスアーキテクトのロールの分類は、企画や実行といったフェーズごとではなく、DXのテーマ(目的)ごとに整理されているのが特徴であり、ビジネスアーキテクトは一人が複数のロールを担ったり、逆に複数の人材でひとつのロールを担ったりすることがあります。ビジネスアーキテクトは以下の3つのロールに分類されます。ビジネスアーキテクト(新規事業開発)ビジネスアーキテクト(新規事業開発)はDXにおける攻めのDXの中の、新規事業開発の役割を担うロールです。新規事業や新サービスのビジネスモデルなどのアーキテクトを構築し、それらの目的が達成できるように関係者を巻き込んで成功までマネジメントすることが求められます。関係者を巻き込むために、セキュリティーやテクノロジーの分野のスキルに関しても求められるロールです。ビジネスアーキテクト(既存事業の高度化)ビジネスアーキテクト(既存事業の高度化)はDXにおける攻めのDXの中の、既存事業の高度化の役割を担うロールです。新規事業開発と同様、関係者を巻き込むためにセキュリティーやテクノロジーの分野のスキルについても求められます。新規事業開発と比較すると、新規事業開発の方が0から1を作る点が難易度が高いが、既にある事業に関しては変革におけるステークホルダーも増えるため、変革マネジメントの点では既存事業の高度化のほうが難易度が高いと考えられています。ビジネスアーキテクト(社内業務の高度化・効率化)ビジネスアーキテクト(社内業務の高度化・効率化)はDXにおける守りのDXの推進の役割を担うロールです。上記2つのロールと比べると、ビジネス戦略等におけるスキルが必要としない一方で、業務効率化を推進する上で、現場の社員や巻き込むべきステークホルダーが多く、既存事業の高度化よりもさらに変革マネジメントが必要とされる領域です。データサイエンティストデータサイエンティストは、データの収集、分析、活用を通じて、ビジネスの意思決定を支援する役割を担います。5類型の中でも幅広いスキルが求められる人材類型です。データサイエンティストのロールの分類はデータ活用における戦略の策定から、仮説検証、実装、運用、効果検証・改善といった全てのフェーズに対して関わり方・業務の違いの観点からロールが細分化されています。データサイエンティストのロールは以下の3つです。データビジネスストラテジストデータビジネスストラテジストは、事業戦略に基づくデータ活用戦略を立案し、他のロールのマネジメントや他の人材類型との連携を推進するロールです。特に、DXを推進する上で自社内の現場部門とその他の人材類型とデータサイエンティストを結びつける人材として位置付けられています。そのため、他の2つのロールよりもビジネスにまつわるスキルが求められており、さらにプライバシー保護など各種法制度についての知識も必要とされているロールです。データサイエンスプロフェッショナルデータサイエンスプロフェッショナルは、データサイエンス領域の専門性に基づき、 データの処理・解析や、その結果の評価等を担うロールです。また、それらに加えてエンドユーザーに対するサポートや教育といった役割も担っており、データ分析で得た結果の活用の責任も負っているロールなのです。そのため、他の2つのロールよりもステークホルダーや現場社員とのコミュニケーションが求められるため、パーソナルスキルが重要視されるロールでもあります。データエンジニアデータエンジニアは、効果的なデータ分析環境の設計・実装・運用を担うロールです。特に、データをリアルタイムに、動的かつ自動にできるようにするために、バックエンドシステム開発や、クラウドインフラ活用に関してのスキルも必要とされるロールです。デザイナーデザイナーは、ビジネスの視点、顧客・ユーザーの視点等を総合的にとらえ、製品・サービスの方針や開発のプロセスを策定し、それらに沿った製品・サービスのありかたのデザインを担う人材とされています。デザイナーのスキルはDXにおけるあらゆるプロセス(構想、実装、仮説検証、導入後の効果検証 等)で必要とされており、それは外観や見た目のデザインだけでなく、UXやサービスデザインといったデザイン思考的な考えがDXにおいて必要であることを示しています。データサイエンティストのロールは以下の3つです。サービスデザイナーサービスデザイナーはバリュープロポジションの定義、製品・サービスのビジネスモデルやビジネスプロセスのデザイン、方針(コンセプト)の策定をになるロールです。デザイナーの中でもよりビジネス側に近いロールであり、それゆえにビジネスアーキテクトにも求められている戦略・マネジメント・システムやビシネスモデル・プロセスについても知識を求められています。UX/UIデザイナーUX/UIデザイナーは製品・サービスにおける顧客・ユーザー体験の検討、情報設計や機能や情報の配置、外観、動的要素のデザインを担うロールです。ソフトウェアやサービスにおける顧客体験をデザインする力を求められるため、ソフトウェアエンジニアとの協働が多いロールです。そのためセキュリティやテクノロジーといったスキルを求められています。グラフィックデザイナーグラフィックデザイナーはブランドイメージの具現化、デジタルグラフィック、マーケティング媒体等のデザインをになるロールです。その他デザインにおけるスキルをもっとも必要とされるロールであり、また、マーケティングの専門家との協働が多いロールです。そのため、マーケティングやブランディングについての知識も求められます。ソフトウェアエンジニアソフトウェアエンジニアはDXの推進において、デジタル技術を活用した製品・サービスを提供するためのシステムやソフトウェアの設計・実装・運用を担う人材とされています。企画や構想をデジタルを使って具現化していくフェーズを担当します。ソフトウェアエンジニアという言葉は以前から使われてきた言葉であり、このロールには、これまでと同様にこれからも最先端を創り出していくという意味を込めてつけられています。ソフトウェアエンジニアのロールは以下の3つです。フロントエンドエンジニアフロントエンドエンジニアはユーザーから見たフロント領域(フロントエンド)に関する部分を開発する役割を担います。デザイナーとの協働も多くなるため、デザインやプロダクトマネジメントに関する知識も必要とされるロールです。バックエンドエンジニアバックエンドエンジニアはソフトウェアやアプリケーションのバックエンド側の開発をする役割を担います。インフラやロジックを構築するため、クラウドインフラ活用やデータエンジニアリングに関するスキルも必要とされるロールです。クラウドエンジニア/SREクラウドエンジニア/SREはクラウドを活用したソフトウェア開発・運用・環境の最適化を行う役割を担います。特にクラウドインフラ活用や、SREプロセスについてのスキルを求められ、また、ソフトウェアエンジニアの中でも最もセキュリティに関する知識を求められるロールです。フィジカルコンピューティングエンジニアフィジカルコンピューティングエンジニアは、物理空間のデジタル化を行う役割を担います。このロールは未来志向型の新たなロールとして定義されており、現場のデジタル化やバーチャル領域の情報を物理空間にフィードバックするために、フィジカルコンピューティングに関する最先端の知識を求めらるロールです。サイバーセキュリティサイバーセキュリティは業務プロセスを支えるデジタル環境におけるサイバーセキュリティリスクの影響を抑制する対策を担う人材とされています。 サイバーセキュリティは5つの人材類型の中で唯一人称ではなく、役割として定義された類型です。DXを推進する上では他業務(組織のリスクマネジメントやデジタル基盤運用等)との兼務で担当する可能性が高いため、あえて人称とせずに役割で定義されたそうです。サイバーセキュリティのロールは以下の2つです。サイバーセキュリティエンジニアサイバーセキュリティエンジニアは、サイバーセキュリティのテクノロジー側のロールとして定義されたロールです。デジタルインフラやサービスの脆弱性対策、データのプライバシー保護等で他のロールとの連携が必要なため、境界領域のスキルに関しても実践レベルで有していることが求められます。サイバーセキュリティマネージャーサイバーセキュリティマネージャーはサイバーセキュリティのマネジメント側のロールとして定義されたロールです。DXに限らない社内のデジタル基盤への依存度が高まる中で、その脆弱性に起因するリスクに主として対応するのが「サイバーセキュリティマネージャー」であるとされており、DX推進に伴うリスクの認知・識別及びその対応のため、DXの目的であるビジネス変革やデータ活用に関するスキルも必要とされるロールです。DX推進スキル標準とノーコード・市民開発DX推進スキル標準で求められるスキルレベルはかなり高いDX推進スキルを適用しようと考えた時に、まずDX推進スキル標準で求められているスキルレベルがかなり高いことを理解する必要があります。例えば、ソフトウェアエンジニアは、「ソフトウェアの開発や運用を内製化して行っている約50名以上のソフトウェアエンジニアチームを擁する規模の企業を想定した」場合のロール整理となっており、内製化が進んでいることが前提での定義となっています。このように、デジタルスキル標準で求められるレベルはかなり高く、スクラッチ開発を活用した内製でのDXのハードルの高さを明示しています。ノーコードを活用することで、求めるスキル項目を減らすことができるノーコードは、プログラミングの知識がなくてもアプリケーションを開発できる手法です。これにより、特にソフトウェアエンジニアに求められるテクノロジーのカテゴリーで求められるスキルレベルを大幅に低減することができます。また、ノーコードツールは既にあるツールの環境の中で開発ができるため、クラウドインフラ活用やセキュリティのカテゴリーで求められるスキルレベルを大幅に低減することができます。このように、ノーコードツールを活用することで、求められるレベルを低減し、DXを実現可能性の高い取り組みにすることができるのです。[参考リンク-ノーコードとは?ローコードとの違いや流行の理由、メリットデメリット、向き不向きまで徹底解説!]ノーコード活用にはビジネスアーキテクトが必須しかし、ソフトウェアエンジニアを代替するようなノーコードツールを活用できる人材がいれば市民開発は進むのかというと、そうではありません。DX推進スキル標準で定義されているビジネスアーキテクト(社内業務の高度化・効率化)のロールは必要不可欠です。なぜなら、ソフトウェアエンジニアはDXを達成するための手段であるソフトウェアを構築できますが、変革の目的や変革の方法を定義する役割を担っていないためです。ビジネスアーキテクト(社内業務の高度化・効率化)はビジネスの要件を理解し、それをノーコードツールで実現するための設計をすることができるため、ノーコード活用には彼らが必須なのです。これは、デジタルスキル標準の資料にある、ビジネスアーキテクトのDXの取り組みのテーマというスライドにも、ビジネスアーキテクト(社内業務の高度化・効率化)の取り組みの具体例として記載されています。(出典-デジタルスキル標準)市民開発のためには全体のアーキテクチャを描ける専門家が必要ビジネスアーキテクト(社内業務の高度化・効率化)が設計したソフトウェアやアプリケーションをノーコードツールで開発し、運用していくことができれば、市民開発を推進することができますが、それには1名ないし少数の専門家が必要になります。この専門家には各プロジェクトはもちろん、大きなシステムや全社最適を見据えた開発を行う際に、最適なアーキテクチャを描く役割を担います。ノーコードツールやデジタル技術は日進月歩で進化するため、その時々で最適なツールやアーキテクチャが異なります。また、目的や予算によって選択するツールやアーキテクチャが大きく異なりますが、それを判断できる人材を各現場に揃えるのは現実的とは言えません。そのため1名ないし少数、または外部のリソースでもよいので、専門家の役割を担える人材を配置すると良いでしょう。また、この専門家には、開発するシステムと既にあるシステムを連携したりするさいに必ず発生するエラーを解決してもらうようなヘルプデスク的な役割も担う必要があります。このような専門家を据えることで、全社最適なシステムや、各部門でボトムアップで作られるアプリケーションやシステムがうまく稼働するのです。[参考リンク-市民開発とは!?内製化を目指すための具体的な進め方やメリット・デメリットを徹底解説!]まとめこの記事ではDX推進スキル標準について、概要から市民開発への適用まで解説しました。DX推進スキル標準は、かなりレベルが高い概念ではありますが、上手に取捨選択して活用することで市民開発の一助とすることができます。この記事を参考に、DXや市民開発を成功に導いてください。あなたのDX推進に幸あれ!